以下の記事は、神戸新聞1999年(平成11年)2月1日(月)6面「論』壇に掲載された、 同志社大学 渡辺武達 教授の「五色町CATV広告放送中止事件」の判決に関するものです。



遅れる日本のメデイア法制

 淡路・五色町直営の有線テレビ局が「五色・淡路未来フォーラム、黒い土汚染問題を考える」と題する住民集会の告知広告を途中でうち切った件で、広告主の住民が表現の自由の侵害等で五色町とその町長を相手どり神戸地裁洲本支部に提訴していたが、昨年末の二十五日、原告敗訴の判決がくだされた。判決はこれを反対派の集会とみなし、行政の中立性のために町長は賛否両論ある問題の集会の案内(広告)は拒否できるとしたのである。

 この集会は大震災関連で出る建設残土の一部が淡路島に持ち込まれ、その中から国の基準値を超えるヒ素などを兵庫県が検出、交通公害なども深刻で、埋め立てが利益になる山林所有者をふくめた関係住民の意見交換・学習会として企画されたもの。開催場所も町民センターで、住民に加えて、町議・専門家、それに被告の町長自身も参加している。

 メディアの社会的使命の一つは民主社会の基本としての人びとの意見交換の場の提供で、公営放送局ではとりわけそのことが重要だ。欧米でなら間違いなく原告勝訴となるケースで逆の結果が出たのは日本のメディア法制が未成熟であることにもよる。が、今回の判決の論理では、賛否両論がある「神戸空港問題を考える」といった会合の案内も断ってよいことになり、全国で約七○○ある有線放送局の運営に与える影響も大きい。加えて、判決には以下のような法的疑問点も残る。

1.有線テレビ放送は「有線テレビジョン放送法」による免許事業であり、その放送内容は「放送法の規定を準用」する。放送法では目的条項で「健全な民主主義の発達」などをあげ、番組の「政治的公平、多角的な論点の保障」(第三条の二)などを求めている。

2.憲法二一条では表現の自由と検閲の禁止をうたっており、すべての法律は憲法との整合性を求められる(九十八条)。当然、五色町営テレビ局の放送基準もその規制を受けるから、局代表(町長)といえども、契約した広告は名誉毀損や公益の侵害、あるいは虚偽の情報などがあること以外の理由で中止することはできない。

3.放送の広告契約は料金面では私的契約であるが、広告内容は法的には「放送番組」であり、それは公法である「有線テレビジョン放送法」に従う。よって、今回の判決が公共性・公益性の観点から同法や憲法の言論条項に踏み込まないことも理解しがたい。

4.地方自治法は、正当な理由なく住民による公の施設の利用を拒否してはならないとする(二四四条)。当該有線テレビ局は地方債とふるさと創生資金、それに一般財源によって設置され、スタッフも公務員、しかも原告はそれと受信契約した町民であることを考えると、本件広告中止は本条項違反の疑いがこい。

5.さらに五色町長は、本件提訴前にもかかわらず、広告中止事件が町との緊張関係を生んだとして、すでに決まっていた町招待によるロシア・ハバロフスク市少年少女民族舞踏団「ラーダスチ」団員の原告宅ホームステイを断り、町主催歓迎行事への出席も拒否した。これは基本的人権としての思想・信条による差別を禁じる憲法第一四条の明白な違反であるとともに、交流を楽しみにしていた原告の子どもの心をいたく傷つけるものだ。

 一月六日、原告は控訴し、議論の場が大阪高裁に移ることになった。この件の判決文や双方の主張はインターネットhttp://muratopia.org/Awajiに掲載されており、参考になろう。