平成10年2月20日(金)午前10時30分から、神戸地方裁判所洲本支部において、第2回目の公判が行われました。以下は被告が陳述された準備書面(1)です。原告代理人から当日いただいたコピーをOCR作成したものですので、乱丁があるかもわかりませんので、そのつもりでご参照ください。
平成九年(ワ)第七三号 損害賠償等請求事件
原告 山 ロ 薫
被告 五色町
平成一〇年二月二〇日
右被告訴訟代理人
弁護士 道上 明
弁護士 伊藤 信二
神戸地方裁判所 洲本支部 御中
一 本件契約の性質
l 私法契約性について
(一)被告は、地方公共団体という公の存在ではあるが、原告との間で平成九年八月二六日に締結された広告放送契約(「本件契約」という。)は、純然たる私法上の契約である。右契約の目的は、ケーブル回線を使用したテレピによる広告放送であるが、同様の契約は、近時、私企業たる放送会社において広く取り扱われているものだからである。
(二)このように国またば地方公共団体が一方当事者となる私法上の契約について、最高裁平成元年六月二○日判決(第三小法廷)は、「国が一方当事者として関与した行為であっても … 国が行攻の主体としてでなく私人と対等の立場に立って、私人との間で個々的に結結する私法上の契約は、当該契約がその成立の過程及び内容において実質釣にみて公権力の発動たる行為となんら変わりがないといえるような特段の事情のない限り、憲法 … の直接遺用を受けず、私人間の利害関係の公平な調整を目的とする私法の速用を受けるにすぎないものと解するのが相当である。」と判示している。
したがって、本件においては、民法に規定のある債務不履行ないし不法行為の成立が認められるかどうかだけが問題となるものである。この点について、原告は、表現の自由を定める憲法二一条からして、五色町情報センター広告放送取扱要網(以下「本件広告放送取扱要綱」という。)の二条一五号は無効であるとか、被告の行為は原告の表現の自由を侵すものであるとか主張しているが、右の最高裁判例からして、憲法をめぐる問題は生じえないということが、まず最初に確認されなければならない。
2 附合契約性について
本件契約は、原告と被告問で個別的に締結されたものではある。しかし、披告のケーブルテレビを利用する広告放送契約は、住民間の公平をはかるためにも、放送内容の基準、放送時間、料金等について面一的に抜われる必要があるから、各々の広告放送契約は、すぺて本件広告取扱要綱にしたがって処理されなけれぱならない。この意味において、右広告放送契約は一種の附合契約(ないしは附合契約に準じる契約)であるということができる。
したがって、本件契約は、附合契約の法理によって処理されるべきであり、放送内容の基準など契約の基本的内容は、本件広告取扱要網の規定内容に従うことになるものである。
二 広告放送の中止行為
1 広告放送中止の理由について
(一)被告が原告の申込みにかかる広告放送(以下「本件広告放送」という。)を中止したのは、本件広告放送取扱要項二条一五号に基づくものである。同号は「その他放送することが不適当と町長が認めるもの」について放送をしないと規定しているが、町長が放送中止の判断をしたのは、次のような経緯及ぴ理由に基づくものである。
(二)すなわち、被告は、本件契約の締結後、一且は広告放送を開始したが、この時点では、町長は放送の内容はもとより、本件契約が締結されたこと自体を知らなかった。
(三)その後、町の職員から町長に対し、本件契約が締結されたこと、本件広告放送の内容は「黒い土」問題のフオーラムに関するものであることについて報告がなされた。この「黒い土」問題というのは、五色町への建設残士の搬入をめぐる問題であるが、この間題については、当時から住民の間でも賛否の意見が分かれているところであった。
そのため、町長は、本件広告放送を行うことにより、町がフオーラム主催者の立場に賛同しているような印象を与えることを避けるため、本件広告放送の中止を判断するに至ったものてある。このように、町長としては、悪意があって中止を決定したわけではなく、行政の中立性に疑問をもたれるような広告放送は差し控えるぺきであると判断したものである。
なお、念のため付言すると、被告は、本件広告放送の内容が中立的でないと主張するものではない。右放送を行うことにより行政の中立性に疑いがもたれることは、避けるべき事態であったと主張するものである。
2 広告放送中止の正当性について
(一)本件広告放送取扱要綱二条一五号に定める「その他放送することが不適当と町長が認めるもの」に具体的にどのような事由が該当するかは一義的に明らかでない。しかし、同号の運用が町長の恣意に委ねられることがあってはならないから、右の文言は、『町長が合理的な理由に基づいて不適当と認めるもの』を意味すると解釈すべきである。
(2)なお、原告は、右規定は憲法二一条に違反し無効であると主張主張するが、この主張が失当であることは前記のとおりである。右規定が無効になるとすれば、民法九○条の公序良俗に違反するといえることが必要になるが、被告がどのような内容の広告でも放送できるとするのはかえって問題であるから、右規定が民法九○条に反することはないというべきである。
(三)そこて、以上を本件についてみるに、町の責任者たる町長にとって、行攻の中立性を保持すること並びにその中立性に疑間がもたれるような事態を避けることは、当然に要求されるべきことである。したがって、町長がこのような事熊を招く可能性のある本件「広告」放送を中止したことは合理的であったというべきであリ、被告の広告放送中止にば正当な理由があった考えられる。
よって、被告には債務の不履行が認められないし、不法行為の成立要件である違法性も認められない。
三 原告の損害について
1 原告は、被告の広告放送中止により、精神的損害を受けたと主張する。しかし、被告の行為に関する原告の主張を前提としても(被告は前記のとおり、これを争うものである。)、被告の行為は債務不履行と評価されるものに過ぎないから、慰謝料や謝罪広告の請求までは認められないはずである。債務不履行ことに履行不能に基づく損害賠償の内容は、履行利益の賠償とされているからである。
また、原告が不法行為構成をとったとしても、事実関係は全く同じであるから、この点について変わりはない。契約責任と不法行為責任が競合する事例は多くあるが、慰謝料請求や謝罪広告まて認められるとする見解は見当らない。
原告の損害として敢えて考えられるのは、本件の放送広告料金である金五○○○円ぐらいてある(もっとも、被告はこれを認めるわけではない。)。しかし、本件訴訟の提起前、被告が、原告に対し、全五○○○円の返還を申し出たところ、原告はこれを受領しようとしなかったのであるから、原告はこの請求を放棄したとも受け取られる。
したがって、原告の請求は、本項に記載した点だけを捉えても、理由のないものというべきである。
2 また、原告は、被告の広告放送中止の点だけてなく、平成九年八月三一日に実施されたフォーラムに、予定していた人数が集まらなかったことでも精神的損害を受けたと主張するのかも知れない。
しかし、当日フオーラムに参加したのは、新間報道によると八〇人程度であつたとされているが、被告が本件広告放送を中止していなければ、より多くの人の参加が得られたかどうかは不明である。この点は、被告の行為と原告の損害との因果関係にかかわる間題であるから、原告に主張立証が求められるものである。