以下は平成11年6月2日の第2回公判において、斎藤貢前五色町長が大阪高等裁判所に提出した陳述書です。原告 代理人からいただいたコピーをOCR作成したものですので、 乱丁があるかもわかりませんので、そのつもりでご参照ください。



               陳述書

              

.私は昭和七年三月二六日に現住所で生まれ、現在まで同住所に在住しています。一五才の時に母と、二三才の時に父と死別し、四人兄弟の長男として一家を支え、弟たちを成人させました。

 二八才で五色町議会議員に初当選(昭和三五年十一月)し、三五才で五色町議会議長に就任(昭和四二年十一月)しました。そして五色町上水道建設に全力を尽くし、特に水源対策に日夜努力し、自宅近くに深井戸掘削をしたり、常習旱魃地域での水源確保に大変苦労しました。五色町上水道水源は一〇〇%深井戸地下水ですので、土壌汚染防止と上水道事業は、五色町の生死にかかる問題でした。

 議会二期八年で以後立候補せず、町監査委員として昭和四八年三月まで就任しました。四四才の時の昭和五二年一月より当時の剛武夫町長に誘われて五色町助役に就任し、四七才の昭和五四年七月、町長死去にともなう町長選挙に大差で当選しました。以来四期一六年(このうち、二期と四期目は無投票当選)五色町長をつとめました。

 その間一貫して、健康の町づくりを推進し、「身体の健康、心の健康、環境の健康、経済の健康」、安心、安全、心豊かな健康福祉の町、健康文化都市を目指して過疎化著しい町を、人口増加の町によみがえらせてきました。平成八年九月一五日の敬老の日に放送されたNHKスペシャル「介護移住」で、五色町が「福祉最先端の町」として全国に広く紹介されたのも、こうした健康福祉の町づくりに対する取り組みが認められたものと、大変感謝しております。放送終了後、全国各地から五色町への移住者が増加しました。

 また私は、農村では数少ないクリスチャンです。教会保育所の所長もつとめていました。現在は、兵庫県公文書公開審査委員、財団法人兵庫県長寿社会研究機構理事、財団法人PHD協会監事等をつとめ、ボランディア団体三島博士顕彰会会長として子育て支援、人材育成活動につとめています。

.砂尾治町長とは、私が町長時代の議会議員、議長として健康の町建設に意気投合して努力し、企業誘致等には特に協力いただきました。又個人的には友人として、有限会社砂尾建材社長としての事業にも支援させていただきました。

.五色淡路ケーブルテレビの設置についてですが、竹下内閣時の一億円ふるさとづくりを活用した五色町振興計画「情報化社会、少子高齢化社会、国際化社会時代における対策」町づくり審議会(当時の砂尾治議長も委員の一人)の答申により、情報化対策として自治省のリーディングプロジェクト事業の指定を受け、二一世紀を先取りした双方向システムによる健康福祉、在宅医療支援とICカード保険医療福祉住民サービス全般のカードシステムと連動し、誰でもいつでも気軽に利用できる情報施設として建設しました。利用可能三〇チャンネルの内、自主放送の二チャンネル分は、住民の皆さんに新しい情報の提供と生活支援、住民の声を町政に反映させるべく公聴の役割を生かすもの、特に文字放送チャネルは住民の皆さんが気軽に利用できる連絡チャンネルと位置づけ、無料としました。

 五色淡路ケーブルテレビ番組審議会第一回会議の挨拶でも、その事を十分委員の皆さんにお願いし、「あらゆる町政への提言、遠慮ない町政批判も放映してください。議論の中から町の活力が生み出されると理解しています。議会中継等もぜひやっていただきたい。」と申し上げました。

 有料広告放送については、私の退任後のことですので、その経緯についてはわかりません。

.五色町における建設残土搬入問題についてですが、先に述べましたように五色町住民の飲料水である上水道(一部は、隣接緑町へも給水)は一〇〇%地下水(深井戸一〇〇〜二〇〇メートル掘削)によって給水されており、良質な原水が絶対の条件です。昭和四一年八月給水開始以来、歴代管理者(町長)はこのことが常に脳裏からはなれることがありませんでした。特に特産淡路瓦の原土の七〇%が産出される五色町では、採掘跡地の埋め戻し土砂に細心の注意を払ってきました。しかし、産業廃棄物等の不法投棄、廃棄瓦くずによる埋め戻し、いわゆる黒い土(建設残土)等による埋め戻しが相次ぎ、その周辺で地下水を汲み上げ稲作に使用したところ、原因不明の水稲の立ち枯れ、みかん等の果樹の立ち枯れが見られるようになり、特に下堺水源(上水道供給用水の三〇%強)周辺土取跡地に大量に投棄されるに及んで、土砂の搬出入の規制条例を制定すると同時に、臨時職員二名を採用し、調査にあたらせました。また兵庫県洲本保健所公害課職員による検査を依頼し、搬入建設残土の検査の結果、基準を超える数値を確認し、関係業者に搬入中止を指示いたさせました。と同時に、瓦工業の主産地である西淡町長に行政指導をお願いし、兵庫県淡路県民局、洲本保健所への行政指導を依頼いたしました。

 私は、ほ場整備事業の中で特に問題のないと判断できる地域、上堺地域、鮎原上地域については、建設残土と新土との混入埋め立てを認め(すべて町営事業)又条例に基づく土砂搬出入事業にも適切に許可指導をしてきました。基本的な許可条件は、地形的にも距離的にも地下水源にとって安全・安心を最大条件とするということで、地域住民の同意を得て許可してきました。なぜ、ほ場整備事業に建設残土が利用されるのかですが、五色町の地形では土砂の補充による効率のよい工事が望まれますが、関係農家は少しでも工事を安価に、効率のよい工事を希望するのが当然ですし、黒い土は土代、搬入費は無料であり、公害のないきれいな土であると聞かされればなおさらです。黒い土が汚染されていないことを願っていたのです。その黒い土が汚染されていることが発覚し、署名運動、黒い土汚染問題を考えるフォーラムが開催され、今回の広告放送中止事件になったと思っています。

.砂尾町長が就任すると同時に、土砂搬出入条例の廃止と新たな条例制定が議論されてきました。この条例は町長の裁量が大幅に強化されています。町長選挙時の記者会見での「業者が守れないような条例は意味がない、廃止すべきだ」との新聞記事が気になっていました。まさか米山地区で、上水道水源深井戸及びクワハウスゆうゆうファイブ五色温泉水源の周辺で、黒い土によるほ場整備を行うとは考えてもみませんでした。米山地区からは埋め立て用として土砂が採掘、積み出しされていますし、私の在職中にも早くからほ場整備なり道路拡巾の要望が地元から強く出ており、積み出しされる土砂を利用すれば出来ると説明してきました。それでは採算に合わないからと云うことで実現しませんでした。砂尾町長になり残土条例が出来てから役場主導で計画が進められ、役場職員が反対者の説得にあたったと聞いております。

 五色町内至る所に建設廃材や残土が無許可で放置されている現状から、五色町都志角川地区で五色町建設廃材、残土等を処分する産廃処分場の建設を計画し、関係者の同意を得て県への許可申請をなし、設計予算を計上、保証のためのほ場整備事業に着工し工事も進捗していました。ところが突如、議会へ協議をすることもなく、砂尾町長から地元へ「採算性がとれないから」との理由で工事中止の申し入れがあり、この三月の定例議会で大きく問題化しています。建設廃材、残土は現在、業者が任意で処分することができますので、処分場ができ、その利用が有料となれば「処分業者の不利益になる。今は処分料は不要だから」と関係業者は云っているそうです。五色町最大の業者はダイニチ工業(砂尾町長が元社長の砂尾建材が商号変更した有限会社)であり、町長の姿勢がうかがえます。

.五色町内の残土搬入の賛成、反対意見についてですが、町内で黒い土搬入に賛成する人はほとんどなく、利益を受ける人たちだけが「大丈夫なんだ。無公害なんだ」と云っています。ほとんどの町民は反対であり、口には出さないが、困ったものだと思っています。町議会の一般質問でも常にこの問題が出、一般町民はCATVの議会中継放送で知っています。このような状況ですので、賛成、反対の対立があり、町政が混乱するような状況ではございません。賛成も反対もほとんど口をつぐんで語らずの状況です。黒い土汚染問題を考えるフォーラムの状況も、出席した友人の話では「大変勉強になった。みんな真剣に聞き、混乱など全くなかった」と語り、その後も黒い土問題での対立があったとは聞いていません。

.広告放送中止についてですが、私はフォーラム開催案内の広告放送が中止されたことを大変遺憾に思っています。むしろフォーラムの案内は無料として文字放送で流すべきであったと考えます。町長の感情によって町民の知る権利がゆがめられるとは全くあってはならないことであり、町直営のケーブルテレビであるが故になおさらです。CATVに関わる職員は町職員であり、取材活動にもどうしても町長の意にそう取材となるのはやむを得ないことと考えられますが、そのために、取材活動がゆがめられては大変です。淡路島各市町ではCATV工事が進められており、各市町は五色町でのこの民事事件を大きな関心を持ってみています。放送のあり方、町民のための情報施設として今一度行政の取り組みを考えてみる必要性を痛感しています。

.町政が混乱しているからとの理由で、山口さん家族へのロシアの子供たちのホームステイを一方的に取り消したことについては、永年町の同和教育に真剣に取り組んできたものとしては、残念でなりません。いかなる理由があるにせよ、町長の権力で感情のままで行政が進められたのでは、町民は全くたまったものではないでしょう。

 見ザル、言わザル、聞かザルの町民感情を、何としてもみんなで楽しく話し合い、議論しあって安全、安心の豊かな心の通いあう以前の五色町に戻したいものです。

.四月一四日の第一回の口頭弁論で私の証人尋問の申請が控訴人側から出されたことで、町長の側近である知人から、「なぜ斎藤は、一方の肩を持つような証人尋問を受けいれたのか。これまでの一六年間の中立的な斎藤行政の実績に傷が付くのでやめておけ」と強く忠告されましたが、私は、「もし砂尾町長からも同じような証人尋問の要請があればお受けしますし、あくまでも自分の信念にもとづいて証言するだけで、誰かに有利・不利になるような証言をする気はありません」とお答えしておきました。

               平成十一年五月二八日

                        

          (プライバシー保護のため住所省略します)

           斎 藤  貢