「むらトピア」という概念は、山口薫著「3つの経済学を超えてー新しい社会デザインに向けた 経済理論の統合」(ピーターラング出版、ニューヨーク、1988年)という英文専門書 "Beyond Walras, Keynes and Marx: Synthesis in Economic Theory Towards a New Social Design" の中で 初めて用いられた。 同書では情報化時代の新しい地球ネットワーク経済を、 Global Village (地球村)という言葉からヒントを得て、むらトピア(MuRatopia) 経済と 呼んでいる。 「むら」とは文字どうり村を意味する。 情報化時代の心を、エコ・シェア地域としての日本の伝統的な村 ー そこでは村人が、自己充足的な共同体で、収穫時には互いに協力しあい、 自然の生き方を尊敬する ー の精神と実践の中に 見いだせるとしている。 「むら」はまた「無」と「裸」から成り立っていると考えられている。 「無 (Nothingness)」は禅仏教(より広義には東洋哲学)のもっとも基本的な概念であり、 すべてのものが有機的に関連しあって いるという「システムズ」理論や「ガイア」理論に代表される新思考の哲学を見事に 反映している。 「裸 (No Possession)」は保有 (Possession) を否定する状態である。 工業化時代の私的所有 (Private Ownership) は、その否定として集団的所有 (Collective Ownership) を生みだし、結果的に 資本主義と共産主義という2つの対立する経済体制を作り上げた。 それに反し、保有の否定の「裸」からは、イデオロギー的に対立するどんな経済体制も 発生しえない。 保有制の方が原理的に優れているというのである。 そこでこのような3つの意味ー村、無、裸ーを合わせ持った概念としての「むら」が 情報化時代の新しいパラダイムの名称に最適だと提唱された。 トピアはギリシャ語の場所を意味する topos から来ている。
経営学部流通学科 山口薫教授
1946年兵庫県淡路島生まれ。米カリフォルニア大学バークレー校を卒業。同校で榑士号を取得し、同州立大学、サンフランシスコ大学、ハワイ大学などで教壇に立ち、97年4月から現職。情報経済学、システムダイナミックス専攻。
ハワイ大学在職中の87年、当時の世界未来研究学会(WFSF)会長だったジム・データ博士に勧められ、未来研究を開始。以来、世界各地で開かれる国際
学会を中心に、積極的に活動を展開している。現在、2000年にドイツで初めて開かれるハノーバー万国博覧会の科学諮間委員会国際委員として「21世紀の
未来」テーマ館のビジョンづくりにも参画している。
「工業化時代は、市場経済、混合経済、計画経済という三つの互いに排他的な経済学のパラダイムの連いに墓づく経済社会体制、つまり、保守的資本主義社
会、混合型福祉社会、社会主義社会を生みだした。だが、現在進展している情報化社会は、社会主義経済だけでなく、保守的資本主義、混合型福祉社会という二
つの資本主義経済をも自己崩壊させていく」というのが持論だ。
国際的に独自に研究を進めてきただけに、その発想は日本人離れしている。
では、情報化時代にふさわしい新しい経済パラダイムとはどんなものなのだろうか?
山口教授が提唱するのは、情報化社会が切り開く「むらトピア(地球村)経済」理論である。
工業化時代は、所有制のもとで人為的な国家をつくりだした。こうした国家単位の生産活動とそのGNPによるランクづけなどの経済評価は、南北間題や環境問題など多くのひずみを地球規模でもたらし、もはや解決不能の状態に陥っている。
山口教授は、情報化時代の新しい保有性の出現を予言する。それは国家をボーダーレス化し「エコ・シェア地区」を必然的に創造していく。つまり、水や植生など人間生活が最低限共有する生態系と、文化・伝統をも同時に共有する古来の自然発生的な環境をコアとする地域である。
「エコ・シェア地域」のメリットは、まずコンピューター・コミュニケーションによるネツトワーキングを通じて、需要と供給を直接確保しながら、より自己
充足的な経済へと内部発展してゆく。これによって需給不一致による資源の浪費、地球規模での財の移動に伴うエネルギーの浪費という二つのムダを解消でき
る。また「エコ・シェア地域」はGNP評価から解放され、それぞれ独自の文化・伝統を多彩に耕していくことになる。
山口教授は、こうした新しい地球ネットワーク経済を「むらトピア」経済と名づけた。そして、工業化時代の旧思考のじゅ縛から解き放たれて、21世紀のトレンドを長期的に見据えた「むらトピア」の新党が誕生するのを期待している。
学生には日ごろ "What's
new in your ideas?" と間いかけるユニークな未来学者だ。
企画・制作 毎日新聞広告局
毎日新聞、1999年1月18日(月)