緑の地球ネットワーク大学

設立主旨

This paper is based on Creating a Higher Institution for Future-Oriented Studies, Kaoru Yamaguchi, presented at the UNESCO seminar ``Teaching about the Future'', Vancouver, Canada, June 21-23, 1992.

歴史の転換点

私たちは現在歴史の大きな転換点に立っている。 ソ連邦を初めとする東欧社会主義諸国が崩壊し、 戦後続いた冷戦構造に代わる新しい世界秩序が構築されようとしている。 それと平行してアメリカ型資本主義が静かに自己崩壊を始めている。 さらに地球規模で、国家という工業化時代の政治・経済のパラダイムが崩壊を初め、 それに代わって地方、 ふるさと、コミュニティーが地球情報化時代の新しい基本的単位 となるような再編成が始まろうとしている。 ようするに資本主義、社会主義という産業革命に始まる工業化時代の主義 (イデオロギー)のパラダイムが崩壊し、 地球情報化時代が始まろうとしているのである。

工業化時代の大量生産、大量消費という資源浪費型の機械技術はまた、 地球温暖化、オゾン層の破壊、酸性雨、熱帯雨林の破壊、砂漠化、 産業廃棄物・消費廃棄物のゴミ問題等いわゆる環境問題を地球規模で引き起こした。 さらに工業化時代は、持てる国、持たざる国といったいわゆる南北問題をもたらし、 そうした開発途上国で人口爆発による環境破壊、資源枯渇が環境問題を 一層深刻化させている。 環境を破壊しない持続可能な開発 (Sustainable Development) が可能であろうか。 開発と環境という工業化時代には水と油のようにみなされた二律背反の関係が、 はたして調和されるのだろうか。地球情報化時代という新しい時代の枠組みを 模索する中で、両者を総合する新思考が始まっている。 クリーンエネルギー、適性技術、ハイテク技術(高度科学技術)を駆使した 環境問題への取り組みが今始まったばかりである。

未来志向的高等教育機関

こうした歴史の転換点にたって私たちは今何をなしたらよいのだろうか。 工業化時代がもたらした上述の諸問題はすべて有機的に関連しあっていると世界の 未来研究学者達は考える。すなわち人口、経済、環境等すべての諸問題は 相互依存的 (Interdependence) なのである。 したがってこうした個々の問題を個別的に取り上げてそれを分析し その対応策を個々に考えても、そうした個別的解決は新たな問題を引き起こし、 結局何の根本的な解決にもならないのである。 これは、全体は個からなり個の徹底的分析で全体の分析もできるという、 いわゆる個で始まり個で終わる近代科学の方法論に由来している。 そこに欠けている思想は、全体はそれ自身不可分な有機的存在であり、 個をいくら分析しても理解できないという考え方である。 いわゆる地球全体を一つの生命体としてみるガイア理論的な 総合的なものの見方、あるいはカオス・複雑系理論的な新しい科学的ものの 見方である。 さらに、個と全体、分析と総合という二律背反する 方向を調和的に統一する見方である。 これは工業化時代にはなかった新しいものの見方、すなわち新思考 (New Thinking) といわれるものである。 21世紀の地球情報化時代をこうした新思考で総合的にデザインし、新しい パラダイムを創造して行く過程の中から、工業化時代がもたらした諸問題への 総合的な解決策が自ら見出されてくることだろう。

それでは、未来をデザインするとはどういうことなのだろうか。 未来は不確実である。その不確実性のもとで私達は未来をビジョンし、 その創造のための意思決定をしてゆかなければならない。 すなわち未来は私達の意思決定の中に、あるいは私たち自身の心の中にのみ 存在しているのである。それではこの意思決定をくだす私たちとは何であり、 どのような未来を創造しようと欲しているのであろうか。 この問いに答えることなしに未来は語れない。 すなわち未来とは自己を発見することである。東洋思想でいう智恵を得ることである。 この智恵は知識からは決して得られない。その結果、科学的知識の修得を目的とする 工業化時代の高等教育機関では、智恵の修得は決してカリキュラムに含まれることは なかったのである。いまやこうした旧思考から開放されなければならない時期に きている。

未来志向研究 (Future-oriented Studies) とは、以上の点をコアとする新しい分野である。すなわち、

この2つである。 しかるに工業化時代の旧思考に基づき創設された現代の高等教育機関(大学、大学院) はこうした21世紀に向けた新しい地球情報化時代のニーズに ほとんど答えられないでいる。細かく分化した専門分野における個の現象の分析と それに基づく知識の蓄積にのみ甘んじているからである。 すなわち個の分析を総合するネットワークとそれに基づき未来をデザインするという 未来志向的研究がまったく欠如しているのである。 国連教育科学文化機関(ユネスコ)も、21世紀の新しい高等教育機関に 不可欠なこうした分野を教育・研究対象とする新しい高等教育機関の必要性を認識し、 未来志向研究教育を目指す高等教育機関のヨーロッパ、環太平洋地域における ネットワークづくりを開始している。 緑の地球ネットワーク大学構想はこうした動向に対応し、新しい時代の要請に 答えようとするネットワーク・キャンパス空間の創設を目指すものである。

未来志向的教育研究

こうした地球情報化時代の未来志向研究要請に答えるためには、どのような分野の 研究が具体的に必要となるであろうか。 上述の未来志向的研究の2つのコアから導きだされる分野は、 以下の5分野となるであろう。 重要な点は、こうした5分野が従来の専門分野のようなそれぞれ独立したものでは なく、お互いに相互補完的で、不可分な全体の部分を形成しているということである。 したがって緑の地球ネットワーク大学は、こうした不可分な5分野の総合的教育研究を めざすことになる。

  1. 智恵を得る分野
  2. 未来を学際的に研究するための方法論を考える分野
  3. 環境と人間とのかかわりを考える分野
  4. 科学技術と人間とのかかわりを考える分野
  5. 人間と人間とのかかわりを考えるネットワークの分野

このような5つの分野を総合的にかつ学際的に学習するためには、 これら5分野のいずれか1つを少なくとも専門的に深く極めていることが 不可欠である。そうしたベースに立脚してのみ5分野の「5色」の花が 美しく開花しうるのである。したがって緑の地球ネットワーク大学は大学院レベルでの 教育研究を目指すのが最適であると考えられる。

未来世代・動植物の民主的代表者

この未来志向研究の5分野を修得した学生は、未来にかかわるあらゆる意思決定、 政策決定に参加できる有資格者となる。 しかるに現代の決定プロセスへの参加形態は工業化時代の産物である間接的 民主主義であり、以下のような点で不完全である。

環境破壊等工業化時代が引き起こした諸問題は、こうした不完全な間接民主主義に よってもたらされたといっても決して過言ではないだろう。 新しい未来を創造するには、現在全く参加を許されていないこうした未来の世代、 動植物に代わってその代弁者となる代表者が、彼らに影響を与えるであろう 諸決定にすべて参加して行くことが決定的に重要である。 21世紀の情報ネットワーク、コミュニケーションシステムはかならずやこうした 全員参加型の直接民主主義を可能とするであろう。 緑の地球ネットワーク大学はまさにこのような21世紀の新しい直接民主主義の 代表者を有資格者として育成するという重要な役割を担うことになる。

ネットワークキャンパス

瀬戸内海国立公園淡路島五色町はこうした21世紀を目指す新しいキャンパス作りを 積極的に支援してくゆくことになった。淡路島はこのような高等教育機関の創造に もっともふさわしい未来の島である。 第一に、淡路島は大阪湾ベイエリアの一角として神戸・大阪等の大都会の近くに位置し 比較的便利の良い場所であるにもかかわらず、緑に囲まれた牧歌的な美しい自然が 保存されている。 第二に、淡路島は別名、日本列島創造伝説の島・おのころ島と言われるように、 日本古来の文化、伝統、村落生活を現代に延々と継承している。 第三に、日本初の24時間営業の関西国際空港が1994年9月にオープンし、 国際的なアクセスが東京よりも容易となる。 第四に、本州と結ぶ世界一長い明石海峡大橋が1998年に完成すれば、 淡路島は新しい観光の名所となるばかりでなく未来の環境と技術とのかかわりを 考えるにふさわしい空間となる。 第五に、明石海峡大橋のふもとの淡路島公園に、 フランス政府からの「ネットワーク」を象徴する友好のモニュメントが 1998年に贈呈されることになっているが、 そうなると淡路島は21世紀を象徴する「ネットワーク」の地となるであろう。 あたかも約一世紀前のフランス政府の贈り物「自由の女神」によって、 ニューヨークが20世紀を象徴する「自由」の地となったように。 以上の諸点を考慮すれば、緑の地球ネットワーク大学のキャンパスは、 まさにこのような未来の島にこそもっともふさわしいといえるだろう。

五色町は淡路島のほぼ中央部の西側に位置し、瀬戸内海に面している。 その東側に位置する津名町は大阪湾に面し、関西新国際空港への表玄関港として 将来商業地区的な発展が期待される。それに対し比較的静かな西側の五色町は、 未来を考えるにふさわしい教育と文化の町と位置づけられる。 全国初の医療用ICカードの導入、断食健康道場等で「健康の町」として全国的に 知られている五色町で、1994年4月から全国に先駆けて全町をカバーする 保健・医療・福祉ネットワークシステムが導入され、町民は家庭にいながらにして テレビ画像を用いて医療診断が受けられるようになった。 このネットワークシステムを利用すれば、五色町全体が緑の地球ネットワーク大学の キャンパスとなりえる。 しかも「淡路島の家道楽」として全国的に知られているように各家庭には大きな客間や 裏座敷を構えている家も少なくない。 こうした空間は将来研究者、学生用のホームスティや下宿先として有効利用 できるだろうし、また小さなネットワーク用教室への転用も可能である。 21世紀のキャンパスは、環境破壊をもたらす醜いコンクリートのビルの複合体 からなる必要はない。非人間的なマスプロ教育は必要ないのである。 小鳥が飛び交い、鶏が走り回る森や田園の中の環境にやさしい小さなソーラハウスで 十分である。 要はそうした空間がネットワークで世界中と結ばれており、必要な情報が交換でき、 小人数での研究・教育ができればよいのである。 このように考えてくると、町全体がネットワークで結ばれている五色町は 未来のネットワークキャンパスのための条件を十分に備えていることになる。

未来志向複雑系適応研究(FOCAS)セミナー

21世紀の理想的高等教育・研究機関を目指す緑の地球ネットワーク大学は、 そう容易に実現できるものではない。 そこで同大学の21世紀初頭の設立を目指して、その理想、主旨を広く理解し 共有してゆくための未来創造国際セミナーが、世界未来研究連合学会 (World Futures Studies Federation, WFSF) の全面的協力を得て 1993年度から毎年夏に五色町で開催されることになった。 このセミナーは、毎年上述の5分野に関連した時代が要請するテーマを選び、 そのテーマにもっともふさわしい一流の研究者、未来学者を国内外から招待し、 最高レベルの講演、講義を提供してゆこうというものである。 同時に全員参加型のセミナーとし、21世紀の緑の地球再創造に向けた ビジョンづくりを参加者全員で模索してゆけるようにする。 セミナー参加者は夏休暇中の学生やサラリーマン、日本で学んでいる世界各国の 留学生、公務員等1、2週間の休暇を集中的に取れる人ならば誰でもよい。 とくに大都会の大学に留学したものの親しい友達もできず日本の文化に触れる機会も 少なく淋しく過ごされている留学生の皆さんには、ぜひともこのセミナーに ホームスティしながら参加していただき、淡路島の伝統文化、町民の人情に ふれてもらいたい。 またセミナーテント村をこしらえて地球にやさしいキャンプ生活を講師の方々と 一緒にできるようにすることも企画している。

さらにこのセミナーに協賛してくれる世界各国の大学とネットワークし、 このセミナーでの単位がその大学での正規の単位として認定 (Transfer) されるように することも考えている。 ちなみに国内の大学では、文部省の設置規準の変更にともない124単位中30単位 までこのような形での単位認定が認められるようになってきている。 従ってこのような形態が国内で広く普及してくれば、欧米の大学ですでにあるような サマースクールの日本版ともなり、これまで夏休暇中は学習の機会のなかった 学生にとって夏休暇の有効利用ともなる。 現代のような情報化時代にあって、ひとつの大学ですべての分野の講義をその分野に 最もふさわしい新思考的教授陣でまかなうことはほとんど不可能である。 まして環境問題、未来研究のような学際的分野においてはなおさらである。 そうした状況の中で、このセミナーで国内外のさまざまな大学・研究所の研究者に 接することができるのは学生、サラリーマンにとって大きな喜びとなるであろうし、 またセミナー参加者同士の出会いがネットワーク的に広がってゆくのも大きな魅力と なるであろう。

このようにして五色町は、毎年夏世界各国の学生・研究者が集まり、 色とりどりのテント村で未来志向的研究の5つの分野を総合的に考えてゆく 「5色」の町となるであろう。 淡路島出身の前衆議院議長、原健三郎氏は約40年も前から世界一の 「夢の懸け橋」なる夢を島民に与え続けその夢があと数年でやっと 「明石海峡大橋」として実現しようとしている。 21世紀に向けた島民の次なる夢は、私たちの住む星が永遠に「緑の地球」で あるように現在と未来をネットワークで結ぶ新しい「緑の懸け橋」ではないだろうか。

第2回目のセミナー終了後の1994年8月11日から13日の3日間にわたって、 このような夢と理想を着実に実現してゆくためにこのセミナーの内容および研究対象を 今後どのように発展させていったらいいのかについて集中的に議論するための ワークショップを開催した。 参加者は同セミナーに講師として参加した スチーヴェン・ビショップ、ジョージ・コーワン、ナデッダ・ガポネンコ、 ジェロム・グレン、ジェロム・カルラ、ペンテイ・マラスカ、水田 和生、 秦 麟征、トニー・スチーヴェンソン、富田 輝司、テオドール・ヴォネイダ、 山口 薫 の12名である。 3日間の白熱した議論の末、最終日にこのセミナーの名称をその目指す内容に 最もふさわしいものにすべきだとの合意に達した。 未来志向複雑系適応研究 (Future-Oriented Complexity and Adaptation Studies)、 その頭文字を取って FOCAS の誕生である。 科学的に線形予測できない未来の複雑な諸現象(地球温暖化等の環境問題、 地域紛争・不況等の社会・経済問題、地震・水害等の自然災害 等々)がいかに有機的に 関連し合っているかを分析し、 それに対して人類、社会、コミュニテイー、個々人が、その頭脳と技術を用いて どのように適応してゆくべきかを研究するということである。

緑の地球へのネットワーク的協賛を

現在以下の学会、国際機関がこの新しい高等教育・研究機関のネットワークキャンパス 構想に協賛を表明してくれている。

このネットワークキャンパス構想への各方面からのより一層のご協力、ご支援を せつに希望しています。 すなわち、

等である。

緑の地球ネットワーク大学
実行委員会副委員長
コーディネーター
山口 薫